週刊 風とロック 月刊 風とロックの裏情報満載!

川ロック川

第6章(2)

「はいもしもし」
「あ、すいません、バイトの件で」
「あー。面接したいんで1度来てもらってもいいですかー?」
「僕、もう今日からでも働きたいんです」
「あ、そうですかー…今日からは無理かもなー…まあいいや。今から来れる?」
「行けます」
「事務所の場所は…」
「この雑誌に載ってる住所でいいですか?」
「そうそう、それ。今近い?来かた分かる?」
「大丈夫だと思いますけど、あの、先にちょっと聞いときたいことがあるんですけど」
「はい、何すか?」
「僕、河童」
  ブィ―――。プーップーップーッ。
  僕、河童なんですけど。
  公衆電話機と、河童の甲羅の色は良く似ている。

 住所でビルが分かるわけもなく、かといって交番に行ってポリと対峙するほど勇気があるわけでもなく、河童は電信柱に貼り付けられた住所と乏しい土地勘を頼りに繁華街をグルグルと歩き始めた。ベルトはいつの間にか定位置にまでずり下がっていてそれはずりずりと歩いているからでまだ空は生きているのに死んだことにして通りの照明は四方八方を照らして元気が有り余る定時退社のネクタイと定時もクソもないジーパンのテンションを持ち上げていて、河童は電柱を見ている。
  臭っ!臭っ!
  すれ違った人たちは鼻の中の早押しボタンを次々と押して振り返る。

 帰りたい。帰りたい。帰りたい。
  家に帰って彼女に臭くないよとウソでもいいから言ってほしい。
  無償の愛が多少の有償でもいいからほしい。

 河童の爪はどこまでも硬くまっすぐな髪と髪の間をラフに往復して往復して病的に往復して見つけた。マンガ喫茶とATMの間を入る細い路地。のぞけばすぐに突き当たり。さっきまで見つけたくて今となっては最早見つけたくなかった名前が書かれた見つけたくなかった雑居ビルがあった。
  入口は正面に小さく口を開いて階段も正面にまっすぐ伸びていて河童は地獄への階段を上へ上へと昇る気持ちで飲み込まれていって4階。物を挟んで細く開いているドアがあって河童は顔を地面に対して垂直に傾けて中を両目で見た。20人はいる。PCに向かう男、タバコを吸う女、クスクス笑いあう男、咳をする女。PCに向かう男。

 ボトボトボトボトボト。
  縦の皿からしょぼい滝が縦にこぼれて床で鈍い音を立てて跳ね上がって河童は気づかず縦のままで、背後で鋭い舌打ちの音が聞こえて河童は縦のまま顔を後ろに向けた。
  汚らしい金と黒の髪の毛がだらしなく顔の周りにぶら下がった白いシャカシャカジャージ上下の男が眉間に皺を寄せて河童を見ている。

「ジャマなんだけど」
「え」
「入れねーよ」
「あ」
「くっせーなお前。何してんのそこで」

 声のトーンがステップアップするごとに室内の顔が3、6、18とドアに向けられて河童はそれに気づくことも出来ず白ジャージの顔を見ることも出来ず足元に溜まった水を見つめている。白ジャージはもう一度甲高い舌打ちを鋭く発射したあと河童をシャカっと押しのけて部屋の中に入っていき怒りや恐怖や屈辱を強めのクケケケケという声を真下に発することでしか表現できない河童の前にいつの間にか男が立っていた。別の男。

「アンタ何」
「あ」
「…河童?」
「河童です」
「河童が何の用だよ」
「あ、あの…さっきバイトの電話したんですけど」
「…さっきのバイトの電話ってアンタ?」
「はい」
「パソコンいじれんの?」
「やったことないですけど、スーパーでレジ打ちはやったことあります」
「マジで?河童のくせに?」

 レジ打ちぐらいできんだよ。
  河童は顔を上げて反論しようとして顔を上げた瞬間室内の全員が黙ってこっちを見ている光景が目に入って所在なさげにもう一度うつむいた。
  奥のほうにあるドアの向こう側から電話の音が聞こえている。
  外の通りからは、若い女がニャーと叫び若い男がニャーって何だテメーと叫ぶ声が聞こえてきた。

「コレこぼしたのアンタ?」
「すいません」
「そこに雑巾あるから、それで拭いたらこっち来て。一応手続きとか色々あるから」

 男はTシャツの上から人差し指で背中をかきながら廊下を歩き出し河童は雑巾を取りにいき、ドアは閉められ中は一斉にざわめき、電話は鳴り止んだ。
  河童は雑巾で床を弱くなでた。なでながらセックスのこととバンドのことと幕末雑学のことを考えているうちにいつしか頭の中でクイズ大会が始まり自分以外の回答者は昔のメンバーだった。どの問題もせせら笑いたくなるほど簡単で早押しボタンの上に軽く乗せていた人差し指に力を込めて押しているのに、明らかに後で押した他のメンバーの席がピローンと光って次々にピロピローンと正解していく。悔しくて悔しくて仕方なくて何度も何度もボタンを押してもスカスカと感触がなくて悔しくて悔しくてさらに強くボタンを押して押してその力でいつの間にか雑巾を力強く床に押し付けていた。

 また奥のドアの向こうで電話が鳴っている。さっきの男がすぐに電話を取って話し始めたのがかすかに聞こえてきた。

 

~続く~