週刊 風とロック 月刊 風とロックの裏情報満載!

川ロック川

第6章(1)

 ベルトの位置がヘソの上にまでずり上がっていることに気づかなかった。普段は必ず腰骨に引っ掛けてヘソ下10センチ辺りを通過するようにしていてそれは付き合う前の彼女がこういう感じでするとカッコイイよと言ってくれて河童には見たことのないような細くて白くてまっすぐな親指と人差し指でベルトをスッとつまんで腰骨をスッとなでてくれたからでそれ以来河童はどんなことがあってもどんなベルトでもその位置をキープするようにして最近は特に褒められない。
  ベルトの位置がヘソの上にまでずり上がっていることに気づかなかった。河童はいつになく歩幅を広げて歩いた。いつになく足の爪が音を鳴らした。まもなく4時を過ぎて濃い影は一瞬にして路地にしみこんで消えてしまっても温度と湿度は空と河童の皿の間に閉じ込められて、くさったしたいが尻を跳ね上げてふざけたヒップホップダンスをしているような臭いが勢いを増して発している。臭いはむしろ河童の歩みのテンションを押し上げて押し上げて押し上げて河童は放置自転車の針が両側から突き出た駅前の細い路地に体をねじ込み小さな書店の前に立った。
  黒い雨と空気に汚され焼きミカンのような色をしたひさしの下で、河童は黒い雨に打たれてウェーブしているアルバイト情報誌を不自由そうに激しくめくった。

 バイトをする。金を稼ぐ。ギターの弦も張り替える。練習もする。バンドも…バンドも組む。あいつらとまたやれるかどうかは分からないけどバンドも組む。ギターを弾きたい。歌いたい。彼女にいいところを見せたい。また好きだって言ってもらいたい。嫌われたくない。捨てられたくない。川にも陸にもロックにも居場所を失ったゴミ屑がゴミではないと幻想を抱けるのは、あそこしかない。

 ゆるやかな西日が送りつけるネットリとした風が排水まみれの皿と髪を経由して書店の中へと侵入して河童の半径数メートルには誰もいなくなった。

 条件は1つだけ。屋内であること。バンドの練習時間が取れること。出来れば時給950円以上であること。接客しなくて済むこと。力仕事が少ないこと。

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 河童はそのページを丁寧に破り取ろうとしてページを力任せにつまんで引っ張ってページは当然のように『03-5』のあたりを通って破れ始めて河童は諦めてページごと引きちぎって頬張って書店を離れる。
  カゴがベッコベコにヘコんだ自転車に乗った老婆が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしながらゆっくりと路地を走っていった。税金制度と駅前の喫茶店チェーンの接客について非常な怒りがあるらしい。河童は消費税以外の税金を払ったことがないし喫茶店にも興味がなかった。
  左の腋の下辺りを右手でまさぐって、河童は袋から10円玉を爪でほじくり出した。どうしても困った時のために、彼女の携帯を鳴らすために、河童の腋袋に入れられた、赤銅色の憎いヤツ。
  河童には生まれつき両脇に5センチ程度の切れ込みがあってちょうどコインが入るようなインサイドポケット状になっている。これは何だとかつて両親に尋ねたことがあって両親は別に何に使うものでもないと口を濁したが河童は幼少期川底の小石を積めたりして遊んだ経験があった。いつしかその存在も忘れかけていたが、ある日彼女にこれはなあにと尋ねられて別に何に使うものでもないと答えたが彼女は面白がって腋袋を指先でいじり、河童は永遠の半勃起的快感を覚えた。やがて河童が物を持ち歩かないことを知った彼女は、どうせ使わないならと10円玉を腋袋に押し込んで、どうしても困ったらこの10円で私の携帯鳴らしてと言った。しかし河童は、その10円を、まだ1度しか使ったことがない。これはあの時に自分で入れ直した、二代目の10円玉。右手には10円玉。左手には唾液で湿った雑誌のページ。